2010年04月15日

なぜかバラなのか?



なぜカバラなのか?

スピリチュアリティーに対する願望を持つ人は、世俗的で人間的な充足(すなわち、上のビデオが説明した1から4の欲望段階)を追い求めている人とは、違います。私達は世俗的で人間的な欲求を満たす方法を既に知っていますが、スピリチュアリティーに対する欲求が目覚めると、それをどう解消すればよいのか、もう分からなくなります。


今日、スピリチュアリティーに対する願望を持っているほとんどの人は、彼らがその願望を持っていることさえにも気づいていません。スピリチュアリティーに対する願望を持つこれらの人の一部は、「スピリチュアリティー(霊性)」という言葉自体に対して、それが非現実的で、実現できないと考え、軽蔑さえしているのかもしれません。そのような人は、それが彼らの中で呼び覚まされている、スピリチュアリティーに対する、新しくてさらに進化した願望によるものであるという事実を知ることもなく、彼らの人生が空っぽで無意義であると感じます。彼らはまさに人生に対する不満と不平の原因がこれであるとは気づいていないのです。


多くの人々は子供のころ「私は何のために生きているのか?」と、自分に問いかけます。しかし、私達は歳を重ねるごとに、願望や欲望そして誘惑であふれかえり、この問いに対する注意がそれ、本当の答えを見つけたいという欲求は消え去ってしまいます。


それにもかかわらず、人生のある時点で、スピリチュアリティーに対する願望は目覚めてその問いを再びもたらします。そして、その答えを強く要求する人々はカバラに導かれます。カバラとは、まさにこの答えを提供する為だけに人類に与えられたものなのです。


もっと知りたいと思った方はこちらのサイトをご覧ください:
ブネイ・バルーフ カバラ教育研究所
posted by watermouth99 at 04:20| Comment(0) | 経済・社会・暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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