2009年05月13日

神の陰謀 reprise

経済の崩壊は避けられません。利益追求型の社会の中では、必ず誰かが得をして誰かが損をします。そして得をした者は立場上有利になり、ますます得することが容易になります。それは、他者を犠牲にして金と権力を増やすということです。こういった傾向は地球上のすべての社会に在ります。したがって富と権力の大部分はいつまでも少数の手の中に集まるようにできでいるのです。



この社会的な歪みは、堕落した人々や腐敗した政治制度、または間違った社会構造などの結果であると推測することが理屈に合っているように思えます。しかし、それがどんな政権、社会構造、権力を有する人々であろうが、結局は基本的傾向はどんな社会も同じです。富と権力を有する一握りの少数が、大多数をコントロールしているのです。



この事実は私達の中に問いを生じさせます。「利益にたいする願望を基盤としない、正当で持続可能な社会システムをつくることは可能なのか?」答えは「ノー」です。それは絶対に不可能なことです。利益にたいする願望は人間の性質に生まれつき備わっているものです。そしてそれは私達のすることすべてにおいての隠れた動機になっているのです。



実際には、利益に対する願望とは次のような質問をすることです。「こんなことして、なんの得になるのか?」「その中に自分が得られるものはあるのか?」私達は何も得るものがなければ、指の一本すら動かすことができません、まして持続可能な社会シズテムをつくることなんてもっと不可能です。いやそれどころか、得したいという願望、そして特に他者よりも優位に立ちたいという願望は、あまりにも私達の先天的性質において強く、そこにはまるで神の陰謀が存在してるのではないかと思わせます。それは、それが私達の性質そのものであるために負かすことができないように工夫された人間の内在的構造のことです。[簡単に言うと人間は自分の性質には無力であるということです。]



バール・ハスラムなどの現代におけるカバリストの著書を調べれば、彼ら全員がこの難問を認めていて、何世紀にも渡り人間の生まれもった性質の欠陥を指摘してきたことがわかります。さらにバール・ハスラムは、もし行動における代替の動機を私達が見つけないなら、最後には、私達は完全な混乱に陥るとも述べています。その結果として生じる政治的混乱は独裁政権を誕生させ、国家間の衝突がついには核爆弾を使用する第三次そして第四次世界大戦を勃発させると述べています。60年前にこれが記されたときはありえそうもない予測に思えましたが、今日ではその可能性はとても高く、そのことを決して軽視してはなりません。



カバラの説明する危機とは、貨幣制度の崩壊ではありません。危機とは、私達の生まれもった自己中心的な性質の1つの症状です。よって、今直面している危機も含め、すべての危機の解決策は、私達の性質を利益追求型性質から分配(シェア)追求型性質に変化することにあるのです。



最終的には、私達の自己中心的性質(エゴイズム)に起因しない問題は1つもありません。私達のすることのすべては、なにか良いものを生じさせることに向けられなければいけません。それは1つの自然の特質です。しかし、もし私達の意向を私益から公益に変化ができたなら、私達は先天的に協力的な社会を造るだけでなく、その中のすべての個人の幸福が共同体そのものによって約束されます。言い換えると、私達は自活する必要がなくなります。なぜなら社会の全体が私達を養い、そして交代に私達は社会全体のために働くようになるからです。



そのような社会のなかでは、すべての規制機関、軍隊、警察組織、そして税金の徴収は余分なものになります。誰も他者を傷つけることを望まなくなるので、犯罪は存在しません。逆に人々は分け与えることだけを望むようになります。自ずと、多量の資源の必要はなくなり、人々は解放されて社会貢献のための仕事に従事するようになります。数年のうちに世界は大いに全く違うものになり、搾取してた頃の時代や私達がどれだけ野蛮で盲目であったかなどを振り返り、そんなことが在ったこと自体を信じることができなくなるでしょう。



しかしながら、人間性を先天的に自己中心的なものから総体的なものに変化させるには、 現在の私達の利己的な行動手段に支配されることを防ぐ為に、人間性に基づかない方法論が必要です。ここでカバラの英知が私達の手助けになるのです。カバラとは、個人と一般社会に、既に存在している自然における完全な構造を用いる科学です。



全自然界において自己中心的なものは人間だけです。原子、分子、細胞、そして臓器などはすべてそれらより大きな体系のなかで共同で機能します。植物も動物も同じです。人間以外の自然におけるすべてのものは、その体系のなかにおかれた環境と完璧に調和しています。



あなたは「そしたらなぜ私達は始めからその体系と対照的に造られたのか?」と問うかもしれません。その答えは「ある体系内にいるときに、その体系自身を学ぶ方法は、そうすること以外にないのである」ということです。人生の目的は、他者を服従させることではなく、包括的な自然と意識的に調和することなのです。カバラの英知とはインテグレーションの英知です。その技法はこの宇宙における私達のおかれたの環境を徐々に学ばしてくれて、私達を着実にそれとの調和および融合に先導してくれます。

posted by watermouth99 at 14:24| Comment(0) | 経済・社会・暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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