2010年04月28日

人間性:欲望の塊




留まることを知らない人間の欲望の膨張は、いずれ人間自体を破滅に追いやるだろう。欲望とは人間を含めた地球上にいる全動物が有しているものであり、それ自体は悪くも良くもなく、中立である。欲望がなければ、文明の発達もなかっただろうし、現在のような便利な社会にもならなかっただろう。欲望なしにはインターネットやコンピューターでさえも製造されなかっただろう。欲望は私達の探究心の原動力でもあるのだ。しかし、社会が便利になったとはいえ、私達は本当に幸せになったのだろうか? 100年前と比べれは、現在の方が遥かに住みごこちはよいかもしれないが、幸せかどうかと聞かれて、幸せだと断言できる人はそういないのではなかろうか?

実際、私達が誤っているのは、その欲望の使い方にある。正確に言うと、欲望を利己的に使っているということ。言い換えるなら、その使い方における利己的な「意図」が誤っていて、それが世界の悪弊を生じさせているのだ。欲望は消滅させることはできないが、その使い方の意図を「利己」から「利他(愛他)」に変化させることが、現在人類に求められているのである。しかし、その方法と手段とはいったいどこにあるのだろうか?

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ブネイ・バルーフ カバラ教育研究所

カテゴリ:
教育
posted by watermouth99 at 13:17| Comment(0) | 人類・人間 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月23日

世界平和



世界平和を望まない人は世界にいるのでしょうか? 結局のところ、すべての人は幸せにくらしたい、平穏な人生をおくりたい、不安や苦しむこともなしにみんなと仲良く、喜びを分かち合って生活したいと望んでいるのでいるのではないでしょうか? 多くの人は、こんなのは非現実的であり、理想論者のきれいごとにすぎないと考えるでしょう。なぜなら、それが正解であるからです。人間には他者と仲良くすることなど絶対に無理なのです。ましてや、世界平和など絶対に実現しません!!人間の本質とは、エゴイズムです。自分さえよければ他者など関係ないという利己心のかたまりです。私達の心の中にあるこの利己心をどうすれば克服できるのでしょうか? それが不可能であるなら、人類の終焉はもうすぐそこまできているといっても過言ではありません。私達のエゴの膨張はその最高段階をむかえています。そして、これが全社会問題の原因になっているのです。それは私達の回りを見れば一目瞭然です。利己心またはエゴとは人々の絆を分断させる力なのです。現在何故多くの人が凶悪犯罪にはしり、酒や麻薬に溺れ、鬱病、自殺、孤独死、それに「無縁死」などといった新しい言葉もでてきています。また、人間のエゴは私達に「損得」でしかものを考えられなくさせ、ほとんどの人がその事実に気がついていません。自分が単に自己のエゴの奴隷であるとは気がついていないのです。私達はこの誤った「ものさし」を一刻も早く絶対的なものに変えなくてはなりません。その意味とは、エゴの使い方における意図を愛他的なものにしなくてはいけないということです。これがカバラの科学が教えることなのです。

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posted by watermouth99 at 00:33| Comment(0) | 経済・社会・暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月15日

なぜかバラなのか?



なぜカバラなのか?

スピリチュアリティーに対する願望を持つ人は、世俗的で人間的な充足(すなわち、上のビデオが説明した1から4の欲望段階)を追い求めている人とは、違います。私達は世俗的で人間的な欲求を満たす方法を既に知っていますが、スピリチュアリティーに対する欲求が目覚めると、それをどう解消すればよいのか、もう分からなくなります。


今日、スピリチュアリティーに対する願望を持っているほとんどの人は、彼らがその願望を持っていることさえにも気づいていません。スピリチュアリティーに対する願望を持つこれらの人の一部は、「スピリチュアリティー(霊性)」という言葉自体に対して、それが非現実的で、実現できないと考え、軽蔑さえしているのかもしれません。そのような人は、それが彼らの中で呼び覚まされている、スピリチュアリティーに対する、新しくてさらに進化した願望によるものであるという事実を知ることもなく、彼らの人生が空っぽで無意義であると感じます。彼らはまさに人生に対する不満と不平の原因がこれであるとは気づいていないのです。


多くの人々は子供のころ「私は何のために生きているのか?」と、自分に問いかけます。しかし、私達は歳を重ねるごとに、願望や欲望そして誘惑であふれかえり、この問いに対する注意がそれ、本当の答えを見つけたいという欲求は消え去ってしまいます。


それにもかかわらず、人生のある時点で、スピリチュアリティーに対する願望は目覚めてその問いを再びもたらします。そして、その答えを強く要求する人々はカバラに導かれます。カバラとは、まさにこの答えを提供する為だけに人類に与えられたものなのです。


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posted by watermouth99 at 04:20| Comment(0) | 経済・社会・暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月08日

ゾハール



『ゾハールの書』は二千年前に十人の男性から成る集団によって書かれた。これらの男達は、無生物、植物、動物という存在レベルを超越するすべてのものを研究して達成するために彼らの人生を捧げた。そして、彼らはその達成を『ゾハール』に記した。

これらの男達が発見したこととは、如何に完璧な自然の体系が機能しているのか、そして、如何に彼ら自身をその正された協調的な部分としてその中に統合するのかということであった。要するに、彼らは存在に於ける完全に自然と調和した永遠なる状態を発見したのだ。さらには、全人類もこの永遠なる状態に徐々に導かれていて、この書物が書かれた二千年後に、人々がそれを通し自分たち自身でこの完璧な状態を発見しはじめるようになることから、『ゾハールの書』が必要とされるようになることも、彼らは発見した。

「ゾハール」とは自然の中に存在する最も大きな喜びの名称であり、それは人類がその発達又は進化の完了段階で獲得するものである。ゾハールを記した男達は全員この段階に到達した。そして、その書物に秘められた力はそこから伸びてきている。その書物は、物語や寓話やその他同じようなものとして、知的に理解される為に意図されたものではない。それはむしろ、「本」というよりは「板」のように扱われるべきだ。その訳は、その上に「プレスすること」によって、つまり、より完全な存在状態を達成するという意志と努力をそれに入れることによって、ゾハールの標示、文字、そして語句が、その人によって理解されることはないが、徐々に感じ取れるようなやり方で、特にこの願望に影響を及ぼすからだ。

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posted by watermouth99 at 14:15| Comment(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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